多田羅迪夫紹介ブログ

多田羅迪夫紹介ブログ2022〜

オペラとドイツリート(Lied)

声楽の醍醐味といえば、音楽を創り上げるにあたり沢山の人たちが心を合わせ切磋琢磨することで、一人ではなし得ない至高の世界を垣間見る事が出来るところにあるのだとおまいます。
総合芸術としてのオペラ、そして詩と音楽が互いに相乗効果を生み出す芸術歌曲としてのリート(Lied)は、どちらも欠くことのできない声楽の主柱と言えましょう。

11月から12月にかけて様々な演奏会に足を運ぶにつけ、オペラもいいけど、やはりリート(Lied)はいいなぁという思いに駆られます。

制作側の周到な準備やコンセプト、出演者の資質などが揃った時、演奏会場には麗しいオーラが満ち溢れ、
聴くものはしあわせな気持ちになります。
東京二期会のレパートリーとして定着した『天国と地獄』、そして北とぴあ国際音楽祭で演奏集団レ・ボレアードを率いる指揮者の寺神戸亮さんのシリーズも毎回楽しみにしています。今年は一幕もののオペラ《アナクレオン》(1757)でしたが、古代ギリシャの詩人で恋も酒も好むアナクレオンが、バッカスの巫女と愛の神の板挟みになりながら、最後は「酒の神は愛を否定せず、愛の神は酒を赦す」と人生を謳歌して幕となる明るいエンディングは、『天国と地獄』のテーマにも通ずるものがありました。
メゾソプラノ波多野睦美さん、そして二期会の与那城敬くん(アナクレオン)も大変立派な演奏でした。

12月22日には、伊勢原の女声合唱団の指導を終えてから、僕の門下生でもあったバリトン菅谷公博(すがやきみひろ)くんのシリーズDrei Liederabende 第三夜のリーダーアーベント「紡がれる、歌曲の流れ」を聴きに銀座の王子ホールへ‼︎


菅谷公博くんは、2012年に渡独しカールスルーエ音楽大学大学院声楽科を修了後も素晴らしい成長を遂げ帰国し、『天国と地獄』で二期会デビューとなりましたが、僕の大好きなドイツリートの世界を若い世代の仲間たちとともに創出する姿は感慨深く、喜びもひとしおでありました。
選曲はリスト、シェーンベルクリヒャルト・シュトラウス、ヨーゼフ・マルクスシューマン、そして4声によるブラームスの『愛の歌』全曲。(18 Liebeslieder Waltzes, Op. 52)
この重唱は何度も歌っていつか暗譜できるくらいになるといいね。
僕は藝大奏楽堂で、佐々木典子さん、伊原直子さん、鈴木寛一先生と4人で歌ったのを思い出し、心の中で口ずさんでいました。

菅谷くんのシェーンベルクはピアノとともにエッジの効いた聴きごたえのある演奏でした。伊藤達人くんのマルクスなども表情豊かで、新国『ニュルンベルクのマイスタージンガー』ダーフィットで一躍脚光を浴びてからの成長のさらなる速度を感じさせて嬉しかった。

4人共に私と少なからず縁のある逸材たちで、ピアニストの古野さんも最近、二期会バッハ・バロック研究会のピアニストとしてもご一緒していただいていているのだが、それぞれ忙しい年の瀬に、想いと実力が伴ったエネルギッシュかつ瑞々しい演奏に心躍りました。

終演後、企画をサポートしてくださっているピアニスト星野明子さんや出演者たちとも話す事が出来てよかった。

10年偉大なり、20年恐るべし、30年歴史成る…
これからも選んだ道をしっかりと踏み分けていってほしい。

 

2010年に今はもう無い千駄ヶ谷の津田ホールでドイツリートの継承の二期会ゴールデンコンサートを開催したのだけれど、あれからはや12年以上経つのか。たくさんの出会いに感謝しつつ、僕もまた新たな一歩を踏み分けてゆきたいと思う。

皆さまもよい新年でありますように。

バリトン菅谷公博くん、テノール伊藤達人くんと終演後のロビーにて

📝

ソプラノ澤江衣里さん、

ピアニストの古野七央佳さんと

メゾソプラノの小泉詠子さんとは、時間切れで話せなかったけれど色彩豊かな演奏を聴かせてくれた…

memorandum
ドイツリートの継承
http://www.nikikai21.net/concert/golden30_sp.html


中山悌一先生の思い出
渡欧の前、私が演奏の方向について迷っているとき「タタラ、人間はな、やらねばならないと思う事をやるのではなく、自分が本当にやりたいと思う事をやるのが幸せなんだよ。」とおっしゃって下さって、それが心の中にすとんと落ちてゆき、迷いが消えたのでした。先生のこの言葉がなければ、きっと今の私はなかったでしょう。
また、帰国した後のことですが「冬の旅」や「詩人の恋」の指導をして頂いていた頃、小澤征爾さん指揮『さまよえるオランダ人』に出演する際に「期限は満ちた」のオランダ人のアリアを持って伺った時のことです。このアリアは演奏時間が12分以上もかかる長大な難曲で、歌うのも大変ですが伴奏するのも専門のピアニストでさえ骨の折れる曲なのです。「これを弾くのは何年ぶりかなあ。少し待っていろよ」と先生はおっしゃって、楽譜をじっと目で追っていらっしゃいました。そうしてレッスン室に静寂の中にもページをめくる音だけが聞こえる時間が3分を過ぎようとした頃、私は伴奏者を同伴しなかった事を悔やんでいました。「よーし、では始めよう」とおっしゃって先生がピアノを弾き始められた時、オーケストラを彷彿とさせる、えもいわれぬ素晴らしい音色と音楽がそこにありました。アリアの最期まで一度のミスもない完璧なピアノ演奏でした。私は歌いながらその伴奏の音楽の素晴らしさに身体が震えるのを止めることが出来ませんでした。先生は歌手として超一流なだけではなく、ピアノの名手として、いや、音楽家として超プロフェッショナルな方でありました。